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ホームに電車が近づいてくる。思わず息を飲んでしまった。ブルーの車両、いっせいに飛び立つ電線の鳩、ホームの乗客の散らばり具合、駅舎の屋根の上に浮かぶ夕陽。日曜日に観たアニメ映画の冒頭シーンそのままだったからだ。駅員の立ち位置まで一致しているなんて奇跡だ。うれしくなって見入ってしまう。由香に話しかけられていることに気づいていたが、すぐに反応しなかった。
「裕子ってば」
声のトーンがいらだちの色を帯びてきたので、そこで初めて気づいたふりをしてふり返る。
「え? 何か言った?」
聞き返しながらも、意識は、アニメ映画に向いていた。タイトルが思いだせないのだ。
「これ、かわいくない?」
由香が、開いた雑誌のページをあたしの方に向けている。鮮やかなグリーンのワンピースを着た女の子がわざとらしい笑顔でポーズをとっている。ライトブラウンのロングヘアが由香そっくりだ。
「欲しいんだけど、高いんだよね」
電車のドアが開くと、ホームの客が一斉に殺到した。同じ制服の女の子ばかりなのでホームが紺色に染まって見える。乗りこみながら、由香は、だって○○だもん、と、そのワンピースのブランド名らしいかたかなを口にしたが、アナウンスの声と重なって聞き取れなかった。興味もないので聞き返しもしない。聞いたところで服のブランドなんてあたしは数えるほどしか知らない。由香は周囲の女の子を強引に押しのけて、奥のドアの前に陣取ると、鞄を床に投げ捨てた。いつものことだがちょっとひやひやする。本人は、女の子たちの非難がましい視線に気づいているのかいないのか、涼しい顔でドアにもたれて雑誌をめくっている。あたしは自分が悪いわけでもないのに、顔をそむけて窓の向こうに目をむける。
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