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 トイレが混んでいたせいで出遅れてしまい、美術室のドアを開くと同時にチャイムが鳴った。うすうす予想はしていたが、空席は町田さんの隣だけだった。  町田さんは、よくいえばとてもおとなしい、悪くいえば陰気で何を考えているかわからない女の子だ。いつも一人ぽっちで休み時間もほとんど席を立たず、ずっと本を読んだり黒いペンでノートにイラストみたいなものを描いたりしている。おそらく友達なんて一人もいないのだろう。誰かとおしゃべりしているのを、あたしは見たことがない。髪をつねに五月人形のようにおかっぱに切りそろえている。いつ見ても長さが変わらないので、よほどまめにカットしているのだろうが、ひょっとしてまったく伸びることがないのではないかと思えるほど常に完璧に揃いすぎていていきものの髪のような気がしない。する人がすればおしゃれなヘアスタイルなのかもしれないが、彼女は頭が大きいうえにえらがつき出しているので、はっきり言って似合っていない。目鼻立ちのバランスはとくに悪いわけではないが、表情に変化がないので、まるで能面みたいだ。あたしは町田さんをあまり好ましく思っていない。クラスのみんなみたいに不気味だからとかいう理由ではない。由香が、何かにつけて町田さんをひきあいにだしてあたしをいじくるからだ。制服のスカートの長さが町田さんっぽいとか、そんなことも知らないなんて、町田さんみたい、だとか。べつに、町田さん自身に何か危害を加えられたわけでもないので悪い気もするのだが、彼女の姿を目にするたびに気持ちが暗くなるのは確かだ。朝、ヘアスタイルがうまくまとまらないときなんかに、まあいいか、町田さんよりましよね、と考えて納得している自分にふと気づいて、後ろめたくなったりもする。  先生がなかなか来ないので、誰もがおしゃべりに興じている。気軽に話せる子が周囲にいないので、なんとなく隣の町田さんの様子をうかがってみると、目の前の作業机の一点をじっと見つめていた。
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