epi.3

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再び向き直られたので慌てて頭を下げると、タイチさんは「へえ」と頷いた後、そっと手を差し出してきた。 戸惑いつつも握手を交わすと、それはそれは優しく包み込むような力が加わる。音にしたら『ぎゅう・・』 と言う感じ。 しかも離れるまでが長い。30秒はあった。 「よろしくね。最後まで楽しんで行って」 去り際に髪を梳かれても、しかもウインク付きでもこの人なら許そう。 遠ざかっていく背中なんかもはや歩く免罪符だ。 彼が対応してくれたらどんなクレーマーも大人しくなる・・って勝手にオペレーター扱いしてるけど、彼は何者なのか? さっきから取材だの準備だのと気になってはいたけど、まさか・・ 「よかったねー小雪ちゃん。人気ナンバー1のAV男優と握手なんて光栄じゃん!」 口笛を伴った今次さんの言葉に、そうですねと淡々と返しながらも、身体は総毛立っていた。 ひぇー、こんなイケメンのAV男優ってもはや革命じゃないの!? 昔ふざけて友達と観てドン引いた、ハアハア息の荒い中年おじさんとはえらい違うんですけど! 身体だって全然ぶよぶよしてないし、肌も綺麗だし手もたくましい。 シャツの上からですら、引き締まった体が想像できる。 「あれで愛実さんと共演なんて、AVというよりもう恋愛映画で行けますね」 感嘆の息を漏らしながら呟くと、今次さんが笑った。 「だから女の子に大人気なんだよ、ここの作品。自分がタイチに抱かれてるみたいなんだって」 「愛実さんに自分を重ねるのはちょっとおこがましい気がするけど、まあわかる気がします。あ・・」 入り口がざわついたかと思うと、愛実さんが現われ、笑顔を振りまきながらセットに向かう。 やがてタイチさんと並び、その周りを一斉にスタッフさんが囲み、背の高いスーツ姿の女性がきびきびと指示を始めた。 「あの人が監督の道田さん」 えー、監督まで女性なんだ。 徹底して女性目線だなと考えると、何だか私も興味がわいてきた。 男性とは違う視点で作られる映像はどんなものなんだろう? AV鑑賞をする女性は、何を求めてるんだろう。 無意識に拳を握り、食い入るようにセットを見つめる。
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