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茨の首輪
様々な花が咲き、香りが二階の窓際まで漂ってくる春の昼下がり。彩華は使い魔である空木の腹に寄りかかり、一枚の紙を眺めていた。
立つと彩華の腰上ほどに及ぶ体高をしている空木の腹部はふわふわとしていて彩華を眠りに誘ってくる。側にはもう一匹の使い魔、椿が寝そべっていた。
「植物園、ねえ」
「瓦版?」
寝ぼけたような声で椿が尋ねてきた。
顔を上げたと同時に反射的に上がった四本の尾が軽く床を叩いた。暖かな日差しに映った埃がふわりと舞う。
最近サカシマでの話題は首輪事件でいっぱいになっていた。
現世に新しくできた植物園を訪れた男性客の首にいつの間にか縫い目のような痣が浮かび上がり、時間が経つと声が全く出なくなるという不思議な事件だが、サカシマの中では更にもう一つのことが話題を大きくしていた。
「今までのサカシマにいた妖にはそんな力を持っている奴はいねぇし、精霊はそもそも直接人に関わることはできない。
植物なんかを介して触れた人間に危害を加えることはできるが最近の植物園だと花に触れるのを禁止している所も多い。
そんな中でこれだけの人数が被害に遭っているなら、精霊の仕業でもないだろう。
彩華達のような人ならざる者との関わりが深い人間を介することもできるが、そもそも目的が分からねぇとなっちゃお手上げだ。他に考えられることといえば……」
「他所者」
彩華と空木、椿の間に張り詰めた空気が流れたが、すぐに階段を上ってくる足音に消された。現れたのは、豊満な体つきに色気を感じさせる、垂れ目をした女性、ハルだった。
一見すると街中で多くの人の目を奪う美女のような風貌だが、腰の下の辺りから見える丸みを帯びた大きな尻尾が彼女が妖、それも化け狸であることを物語っていた。
「彩華。源蔵が至急本部に集合ですって」
ハルののんびりとした声に彩華は立ち上がり、壁にかけていた黒い外套を羽織った。空木と椿を連れ、家を出る。向かった先は賑わっている大通りの端にある建物だった。
暖簾に『陰』と文字の入っている建物は、彩華が所属しているジパングの政府直属組織『陰の戦闘員』が本部として使うために譲り受けたものだった。元々は商家だったので間取りが特殊だが、間取りは変えずに使われている。
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