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庭園を歩く一人の女性。
彼女は目の前にいる女と瓜二つだった。
ふと足を止め、優しそうな笑みを浮かべながら真っ白なバラの花に触れた。
何かに引き寄せられるように女性が振り返った先には端正な顔立ちの青年がおり、二人は手を取り合いながら話し始めた。
終始女性の表情はコロコロと変わるが、その全てに幸せが混ざっているようだった。
二人は抱き合ったところで場面が変わった。
今度は先程と対照的に辺りは夜の帳に覆われていた。
女性がまた現れるが、途中何かに足を取られながら時折怯えた表情で後ろを振り返りながら走っていた。
彼女の後ろからは鎧に身を包んだ兵士が二、三人追いかけてきて、ちょうど白いバラの木の前で女性を取り押さえた。
必死に抵抗する女性。
美しかった服は土で汚れ、爪が剥がれた手の先で地面が赤黒く変わる。
その時、一人の男が女性の前に立ったことで女性の動きが止まり、視線が上がっていった。
先程女性と抱き合っていた青年だと認識したような間の後、女性が何かを叫んだ。
青年は足元で叫ぶ女性を無表情で見つめると取り押さえている兵士に短く何かを告げ、踵を返した。
青年の後ろ姿に叫び続ける女性の首が飛んだ。
動かなくなった女性をそのままに兵士達はその場から去って行った。
女性の亡骸だけが残された後しばらく経って、バラの木から花の色と同じ雪のような光が現れ、女性を包んでいった。
そして光が消える頃にはそこにあったはずの亡骸がなくなっていた。
∴∵
「……彼は私の婚約者だった。私は彼を心から愛し、彼も何度も『愛している』と言葉をくれたわ」
景色が元の植物園に戻った後、女がぽつりと話し始めた。
「けれど結婚式も直前に迫った頃、私の父に謀反の疑いがかけられ、一家全員で処刑されることになった。
両親は私だけでも生き延びるよう逃がしてくれた。
屋敷から抜け出し逃げようとした時、まるで私が先に逃げると知っていたかのように帝国兵士が待ち構えていた。彼が密告していたの。
その後は今の通りよ」
女は彩華達に巻きつけていた枝を解き、バラの木の前へ歩いた。
「彼は私の家に疑いがかけられてすぐ、私よりもずっと地位の高い家柄の娘に結婚を申し込んでいた。
その際に娘の父親から誠意を見せろと言われ、私の家の使用人を懐柔させて逃げる日や時間を聞き出したのだと、後から知ったわ。
この木と一緒になってから、ね」
「だから貴女は恋人や家族と一緒にいる男性の声を奪ったのか。
貴女のように悲しむ人が増えないように」
「いいえ、そんな綺麗な話ではないわ。
ただ、何の不安もなく幸せを甘受している人が妬ましかっただけ。それだけよ」
そう言うと、女は源蔵の前に跪き、手を組んだ。隊員の視線が源蔵に刺さった。
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