掌に残るもの

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「蓮華の気が済んだなら、それでいい。泉も、蓮華も、ボクにとっては大事な人だから、二人が幸せになれたのなら、納得できたのなら、それでいいんだ」 にこりと微笑む。本心からの言葉は、きちんと届いたようだった。 この二人がいなければ、ボクは兄さまと本当の意味で向き合えなかった。 兄さまの、兄さまにさえ気付けなかった本心を、見つけられなかった。 他の誰でもない、ボク自身として生きていく覚悟を、ボクは手に入れたのだ。 名前なんて記号にしかすぎない。何処で誰といてもボクはボクである、というそんな簡単なことに気付くまでに十数年もかかってしまった。 もしかしたら義理の両親もお祖父様も、とっくに気付いていたのかもしれない。 勝手に殻を作って、周囲に警戒心と猜疑心しか見せずに、引き篭もっていたのはボクの方だったのかも知れない。 そっと目を閉じる。 ボクの胸の中を、深淵を覗き込む。 兄さまのことを、想い浮かべる。 ボクが誰よりも愛する、かけがえのない人。 その、冷たい無表情が緩んで剥き出しになる瞬間、 この世界のあらゆる美しいものを凝縮して出来た宝石を とろりと溶かしだして創り上げた、あの胸が震える笑顔。 刹那、目映い程の光が頭上から降り注いで、影など1ミリも消えてなくなる。 張り巡らされていた鉄格子は、パキン、と折れた。 影で出来た牢は、 跡形もなく消えた。
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