掌に残るもの

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------------------------------ 「すいませーん!お客様ー!このソファ、どちらの部屋に置きますかー?」 重い荷物を運んでいる疲れを微塵も感じさせない元気な声に、振り向いて答える。 「そこの奥のリビングでお願いしますー!」 「了解っすー!」 決して大きな身体ではないのに、筋肉の塊のような腕で軽々と荷物を持ち上げる様に、流石プロだと惚れ惚れする。 初夏を過ぎて梅雨の晴れ間、まさに引越日和だ。 東京からは程よく遠いこの郊外の町で、今日、 僕は新しい住処を得る。 昨日までの雨とは打って変わって、真夏の暑さに辟易しながら空を見上げると、視界の隅にはまだ雨露に濡れてキラキラと光る木立が映る。車がなければ最寄り駅にすら辿り着けない、小さな茂みや木立が目隠しになっていて隣家の視線も気にならない、そんなちょっぴり田舎な場所にある古びた家を見上げる。 もし僕が近所の子供だったら、肝試しに来ちゃうような外観だ。 今日からここが我が家になる。 築数十年という趣きのありすぎる、2階建ての洋館。 緑の切妻屋根、外壁に等間隔に並ぶ縦長の窓、縁取りは薄いミント色、とにかく数世代は前の遺物といっても過言ではない。見た目は古くてどっしりとした洋館だが、中は使いやすいようにリフォームをかけてあるので生活に不便はないだろう。 一国一城の主、なんてね。 そもそも主は僕じゃないし。
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