1351人が本棚に入れています
本棚に追加
ーーーコンコン。
控えめだが、無視を許さない強さで、ノックの音が鳴る。
"さあ、本日もやってまいりました!
皆様お待ちかね、ショーのお時間です"
ここを出れば、
時任泉は消えてなくなり
北白川美澄が動き出す。
『私』は、美澄。
完全にして優美、誰もが憧れる北白川財閥の御令嬢にして
現当主の秘蔵っ子。
北白川 美澄だ。
『どうぞ』
声帯を長年駆使した結果得られたのは、自分の声とは思えないほど可愛らしい、可憐な少女の声。
きっかり3秒数えてから音もなく開いた扉の向こうには、執事の門倉が微笑んでいた。
「おはようございます、美澄さま」
物心ついた時からこの形態を貫き通している、理想の執事。代々北白川の本宅に仕える執事の家柄である門倉は、きっと生まれてから死ぬまで、執事であり続けるのだろう。崩れた姿など想像も出来ない、一分の隙もない男。幼い頃から、その印象は変わらない。
『おはよう、爺や』
ふわりと踊るように軽やかに、しかし決して急がず、音もたてずに歩き出す私の後ろを、ひっそりとついてくる。
毎朝律儀に迎えに来ずとも、子供じゃないのだから、朝食をとるホールまではひとりで行ける。
と、何度主張しても聞き入れてくれることはない。にっこりと笑顔で黙殺されるだけだ。
どうせいつだって朝食をとるのは私ひとりだ。
自室でとっても構わないはずだが、わざわざ運ばせるのも気が引けるし、どうせ黙殺されるだろうから言わないけれど。
しかし、今朝は「いつも」とは違っていた。
「御朝食には、お兄様方もご出席なさいます」
兄様たちが?
ということは、何か重要な出来事があったということか。誰が来ているのだろう。
「宜しければ、おぐしを整えましょう」
訊ねるようでいて否を許さない物言い、この問いかけに逆らうのは労力の無駄というものだ。
「では、お願いするわね」
にこりと微笑んで振り返ると、差し出された手を取って、ホール手前の部屋に案内された。
最初のコメントを投稿しよう!