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布団から起き上がる。
デジタル時計が午前二時を示していることを確認して家を出る。
服は寝ている時も起きているときも変わらない黒いフードつきのパーカーと黒いジーパン。町中が寝静まった中、一人歩く黒い影。
○●○●○
「ふぁ~ぁ」
整った顔立ちとは似つかない大あくびをするのはこの館の主、折口琴美だ。琴美は先ほどまで恋人の葛木健と深夜バラエティーを見て笑い転げていたのだが、葛木が帰ると人が変わったように重い空気を漂わせていた。
「あ、あったあった」
寝る前はホットミルクが一番。と呟きながら琴美は手にミルクを取り電子レンジで温め始めた。
「さむっ! 窓開けっ放し。閉めとかなきゃ。今日もほんと疲れたわー。はぁ―――」
琴美の溜息の原因は上司にあたる高村敦の二十分にわたる説教にあった。
「全くお前は何をやらせてもだめだな。お前が折口透の娘じゃなかったらとっくにクビだぞ。ちょっとは身の程を知れ」
「はい、申し訳ありません」
琴美の不器用っぷりは社内でも有名で、この日は会議のための資料を床に落としてしまい散らかしてしてしまうという大悲劇を繰り広げたのであった。琴美があわてて資料を拾い集めていた所に高村が通りかかり、気づかれないように事を済ますという琴美の陰謀は呆気なくやぶれた。資料を落としただけで二十分の説教は長い気がするのだがもともと琴美は父親であり、この折口生命の社長でもある折口透のコネで入ったのだから他の社員達にいい顔をされるわけがない。だが、不器用な琴美は「しょうがない」と割り切ることができず一日が終わろうとしているこの時まで引きずっていたのだ。
「私、お父さんの会社はいやだって言ったのに……今からでも転職できないかしら……でも、あの人のことだから絶対に許してくれそうにないし……。もう無理――――――――――……って言ってもどうにもならないか……」
そう言って琴美が寝室へと足を進めたその時だった。
ガタン
「えっ!なに!誰かいるの!」
電気をつけて明るくなった室内を見回すが人の影どころかネズミの影すらも見つからない。
「なんだ。本が倒れただけじゃない。心臓に悪いわ」
このとき、琴美は気づかなかったのだ。さっき閉めたはずの窓が開いていることに……。
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