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――或る夕暮れの話をしよう。
たった一日の漸近線、八方塞がりの逃避行と埃を被った助けを求める声の夢。失くし物を探そうともしなかった、蒼褪めたオレンジに翳ったあの部屋での話を。
タンタンタン。駆ける上履きの賑やかなメトロノーム。さざめく笑い声。
それらは微睡みに浸っていたわたしを揺り起こすには、ちょうどいいくらいのリズム。頬に堅い木材の感触。けれど少し埃っぽい。軽く咳き込みながら、上体を起こした。
「……あ、ここは」
瞬きを一度、もう一度。息を潜めるように目線を左右へ。視えてくるのは山積みの予備の机と椅子。隙間に挟まった木琴は居心地が悪そう。壁際には灰色メッキの本棚に並んだ古ぼけた教科書たち。使われなくなった、忘れられた金管楽器、参考資料、実験器具の寂しそうなシルエット。床に散乱したサイズの小さな締太鼓の群れと、隅の暗がりに隠れるような長胴太鼓。
それらすべてが、濁った窓から差し込む夕暮れによってコントラストを垂れ流し、薄暗く狭いこの部屋に渦巻いていた。
「……ねぇ、もしかして起きてる?」
背後から弱々しげな、それでいてこちらをからかうような声がした。わたしの喉が、釘を打ち込まれたように引き攣った。てっきり一人だと思っていたから、油断していた。
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