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音楽準備室は三階に位置し、校舎の中でも最も端、辺境に存在する。ドアは外から鍵をかけるタイプで、盗難を意識しているのか教室の扉などよりよほど頑丈な造りをしているため、蹴破るなどの物理的脱出法は不可能。この付近には普段から人が寄り付かない。唯一人の出入りが激しい音楽室が近くにあるが、下校時間を過ぎればしっかりと施錠されるため、間違いなく人はいないだろう。偶然人が通りがかり、扉を開けてくれるとは考えにくい。
「……もしや、ヤバいんじゃ」
「そりゃあヤバいよ、舟本さん。これ密室だよ? ミステリ風に言えばクローズドサークルだよ?」
クローズドサークルって、アレか。密室ものやその状況を意味する用語だとは聞いている。そして大抵その中で殺人が発生し、犯人を推理し、事件は完結する。正直さっさと脱出したらどうかと思わないこともないんだけど。
よほどその点に重きを置いているのか、柳川さんが少し興奮気味に復唱する。彼女、さては絶滅危惧種と謳われる希少種、推理小説ファンだったのだろうか。この状況にウキウキできるタイプの人間なのだから、マトモとは少しズレているのかもしれない。
そういうわたしすら、この状況下で結局推理の真似事に協力しているのだから、あまり人のことを言う資格はないのだろうけれども。理由の一つとして、打つ手がない中での現実逃避、というのはあると思う。何年も前から埃だらけになった古い机に腰掛け、指を這わせる。人差し指の軌跡が伸びていく。
……逃避、か。他のクラスメイトたちからしたら、今このどうしようもない事態も逃避の一種なのだろう。サボりの誹りを投げつけられるのは、あまり気が進まないな。
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