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結局、わたしは振り返らなかった。背中に柳川さんの自己嫌悪に濡れた体温を感じながら、それでもわたしは言葉を紡ぐ。決定的な、その一言を。
「――好きだったんだよね、諏訪のこと」
今度こそ、足が止まった。
「諏訪くんが付き合いだしたのは、ちょうど柳川さんが風邪で休んでいた時、だよね。音楽教諭を兼任してる担任の安土が半ば強引にクラス出し物を『和太鼓演奏』に決定したのも、その週のホームルームだったから、貴女はいなかった。そういえばわたし、柳川さんが太鼓の練習をしているところを見ていない。それくらい嫌だったの……」
さっきだって、埃だらけの部屋とはいえ咳き込んでいたよね。きっとクラスメイトから知らされて、治りかけの病気を押し隠して登校してきたんだよね。
だから、きっと。彼女は耐えられなかったんだ。
「……まさか、担任であるはずの人が同級生と、それも諏訪と付き合っている……なんて。悪夢にも見なかったのに、なのに……」
崩れ落ちるように、嘔吐するように。彼女は言葉を零す。床に落ちた小さな悲鳴が、狭苦しい埃だらけの忘れられた空間をプラネタリウムのように照らし上げた。スカートの裾をくしゃくしゃに握り締める彼女は、夕暮れの遷移風景の中に沈み去ってしまいそうで。
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