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「なぁ、火野」
「っ、るせーな」
「…………」
「傍に来んなよ」
「…………ごめん」
腫れ物に触るような対応しか出来なくて、自分の頼りなさを悔やんだ。俺の心の中は薄暗くて分厚い雲に覆われたように感じた。
肩を落として、扉の方へ重い足を動かす。
どうしてこういうときすぐ、泣きそうになってしまうんだろう。
だけど俺が部屋から出る直前に、火野が大きく息を吸った音が聞こえた。
「……っ梨世は」
「…………!」
火野が、俺に何か言いたげで。
自分から傍に来るなと言ったばかりのクセにって言いたくなったけど、きっと、こういう気まぐれなところも含めて、尚の言う『火野絆』なんだろう。
「……俺の、元嫁」
「それは、少し聞いた」
「10年、一緒にいて……彼女は俺の全てだった」
「……」
「俺のせいで、別れて傷つけた。だけど今、尚と幸せそうにしてくれてることが……本当に嬉しい」
「……」
「だけどよ」
「えっ……」
「……俺なら守れたのに、ってことがあると……俺はやりきれねぇよ」
「それはっ、尚が守ってあげられなかったって言いたいのか!?」
俺は、なんだかカチンと来てしまって無意識に絆の胸ぐらを掴んで、立ち上がらせるように引っ張った。
「っ、禅さんまで、やめろっ」
俺は火野が尚のせいに少しでもしてるなら許せなくて彼を睨み付けたけど、火野が何かした訳じゃないって思ったら熱が冷めて手を弛めた。
「……ケホっ、尚にも……同じようなことされた。武力行使反対」
「……ごめん」
向き合ってちゃんと見た火野の顔には、悔しさと悲しさが滲み出ていた。
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