消失と誕生

2/5
前へ
/5ページ
次へ
妊娠17週目で分かった。 私たちの第三子は、男の子。 お腹を蹴りまくっているのでよくわかる、元気な男の子だ。 出産予定日は10月10日と聞いている。 そう、それが正に今日、本日、この日だ。 気がつくと私は分娩台の上に居て、お医者さんと看護婦を含め、6、7人くらいがそこに居たように思う。 思う、というのは、夢心地だったというか、現実的でないというか、曖昧な感じだ。 そしていよいよ、帝王切開。 あれ、待って。 帝王切開?? ここへ運ばれて来るまでの記憶がないので、なぜそうなったのか、それ以前の記憶が不確かだ。 帝王切開が始まると、私はこの世のものとは思えない程の痛みに叫んだ。 大の大人が泣き喚くなんてそう見れる光景じゃなかったので、私はそれが少しおかしく思えた。 私は切られた直後、麻酔をしていない事に気づく。 私はお医者さんに訴える。 麻酔をして下さい。 こんな丁寧な言い方では無かったはずだけれど、懇願する。 それをよそに、手を止める事のないお医者さん。 喚く。狂ったように、喚く。 事情はどうあれ、通常のお産と違い帝王切開をするには色々な危惧が付いて回って結果なのだから、仕方がない。 それでも、仕方がないと割り切れる程、安い痛みではなかった。 看護婦さんが何か大声を発した。 よく聞こえない、意識が遠のいていく。 こんな痛みに、人が耐えられるはずがない。 今思うと、あの時看護婦さんが言っていたのは、心拍数低下、とか、そんな感じの事だろう。 痛みで分かる。 私は、死ぬ。 抱いてあげられない我が子に、名前だけでも与えられて良かった。 夫と話し合って決めた名前。 10月10日生まれ。 十と書いて、ひさし。 人と人とを繋ぐ、足すという意味を込めて。 予定日に生まれてきて偉いね。 良い子だね。元気に育ってね。 私の大切な我が子、十へ。 愛してる。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加