消失と誕生

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優芽、車に気をつけるのよ。 そう伝えると娘は笑顔でうんと言って駆けて行った。 元気なのはとても良い事なのだけれど、時々危ない目に合うので心配だ。 第一子は、女の子。 優しさが芽生えますように。 そう思って付けた名前だ。 第二子はこの子、今年で4歳の男の子。 名前は利津。 利は利益の利。 津には人が集まるという意味があるので、周りの人に恵まれますように、そういった意味がこもっている。 そして第三子の、十。 出生から9日、お腹にいた頃よりも元気だ。 よく泣き、よく食べ、よく寝る。 食べるといっても、まだお乳の段階ではあるけれど。 そしてここで登場、夫の伸介さん。 名前で呼ばなくなったのはいつ頃からだろうか。 今では「あなた」が愛称になっている。 でもなぜだろう、あなたと呼ぶのに抵抗があるのだ。 名前で呼ぶのも、何か違う。 十が産まれてから、何か違和感のような物を感じている。 初めてあったような、他人のように感じてしまう、そういった感覚。 あの痛みから命からがら逃げおおせた直後の事だったし、頭が混乱していたので、最初は違和感を否定していたのだけれど。 出産から9日経った今も、言い知れぬ何かが、私、あるいは伸介さんに起こっているように思う。 すいません。 あなたは、誰ですか? 伸介さんが十に会いに来た日、まず始めに思ったことがそれだった。 もちろん記憶はある。 この人は私の旦那で、人生のパートナーで、最愛の人。 大学4年生の時に出会い、長い事付き合った結果、結婚をし、今に至る。 大切な存在。 掛け替えのない、夫だ。 それでも、問いたくなる程に私たちの間には、どうしようもない壁がある。 大丈夫。 伸介さんと子供達はまだ、気付いていない。
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