87人が本棚に入れています
本棚に追加
/177ページ
それは、楽ではあっても、楽しくはない。
あんまり、楽しくない。
全然楽しくないわけでは――まあ、ないけれど。
――私が好きなのは、人殺しじゃない。
追う少女の手には、クロスボウガンが握られている。奇妙な、赤い血管のようなものが浮いている、不気味なクロスボウである。
弾丸が当たらない――ならば矢なら、と言う判断だった。銃と違って、クロスボウであれば、発砲音がしない。
背後を見もしない対象が、攻撃をなんらかの方法で避けているのだとしたら、それは発砲音を契機にしているはず。
それならば――音のないクロスボウで、殺す。
撃つ。
撃ち殺す。
「――っ」
しかし、またもやボルトは見当違いの方向へ飛んでいく。
(――違う)
少女は思考する。
(避けているわけじゃない……私だ。私が、外しているんだ)
――なぜ。
あらゆる武器を自分の手足のように使いこなすことの出来るユニーク・スキル――『四肢類々』を所持している彼女にとって、銃撃もボウガンも扱い慣れたものであり、外すなどと言うことはありえない。
(どうして)
とにかく――あの少年には、一切の遠距離攻撃が当たらないと、そう思ったほうがいい。そう言うパッシブスキルを持っているのかもしれない。
なら。
「Convert」
瞬間、少女の両手には双刀が握られていた。白金の刀身に、またもや、血管のようなものが浮き出ている。
瞬間、少女の身体は爆発的に加速する。一瞬で空いていた距離が殺され――
「――!!」
予感。
パッシブルスキル、『死の直感』が、このタイミングで発動したのを自覚し、少女はとっさに左側へと飛び退いた。
刹那、それまで彼女の頭部があった場所を、銃弾が貫く。
(――全く後ろを見ずに、正確に頭部に、銃弾を。どうやって?)
考え。
少女の口元が緩む。
――ああ。
――楽しい。
今、あの瞬間。自身が死にかけたと言う事実。一秒でも回避が遅れていたら、脳が弾けていたと言う事実。
感覚。
命のやり取り。
命がけの、戦い。
少女の目が、見開かれ、口元が歪む。
(――止まらない、高鳴り)
最初のコメントを投稿しよう!