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「……とは言え、今回のケースの場合、そのどれも当てはまりそうにはないですよね」
「……全くだ」
男は煙草を噛み潰して、苦々しく吐き捨てるように言う。
「――日本中の若者の、おおよそ三分の一が、一夜にして失踪……か」
それは鐘の音の響き渡る、冬の夜のことだった。
日本に住まう、十三歳から二十五歳までの若者――その三分の一が、一晩にして、一斉に消えた。
それだけの数が失踪しておきながら、誰一人として消えた状況を見ておらず、誘拐か、集団家出か、それすらも解っていなかった。
その人智を超えた事件は、世界中にセンセーショナルな衝撃を与え、発覚後、すぐさまあらゆる警察機構が捜査に乗り出したものの、未だに解決の糸口すら掴めていない。
ネット上などでは、政府陰謀説、宇宙人襲来説、集団神隠し説など、あらゆる俗説が飛び交っており、もはや収拾の付かない状態となっていた。
「……ったく。正月早々災難だな」
「……警部には、確か、娘さんが一人、いましたよね」
「いるよ。幸いにして、消えなかったけれどな。が、娘の友達も結構消えちまったみたいでな……まだ塞ぎこんでる」
「今は冬休み中……ですよね。休みが明けたらどうなるんでしょう、単純に考えて、全国の各学校の、生徒の約三分の一がいなくなっているわけで」
「……さてね。そう言うのは、お偉い学校の先生なんかが考えるだろ」
年配の刑事はそう言って、火のついていない煙草をへし折り、携帯灰皿へと仕舞いこむ。
そして、警察車両のドアを開いた。
「俺達に出来るのは、せいぜい、できるだけ早く、消えちまった子供たちを探すことくらいだ――俺達の力が、どこまで役に立つかは知らんがな」
「……しかし、全力を尽くせ、ですか」
「そう言うこった。解ったらさっさと乗れ」
その言葉に、若い刑事は力強く頷き、続いて車両に乗り込む。
冬の空の下を、一台の警察車両が駆け抜けていった。
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