愛写(あいしゃ)

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「先生、わかってない。私は彼を深く愛しているの。彼と一緒ならどんな死にも耐えられるわ」 「そんなに思いつめないで」 「女の最高の幸福は、愛する男性と一心同体になることよ!」 「お、落ちついて!」 「ほら、こんなに赤い糸で繋がっているんだから!!」 女性が狂気の表情で叫んだので、口の中で噛んでいたものが吐きだされた。 それがコツンと私の額にぶつかる。 思わず目をまたたいた瞬間、女性が黒く変色した肉切り包丁を握った。 「キイィィ────!!」 高く包丁が振り上げられた。 祈るように目を閉じた刹那──通報で駆けつけた警官が女性を取り押さえた。 「離れない離さない! 誰にも邪魔はできないんだからッ!」 へたりこむ私の耳に、警官に連行される女性の声だけが届いていた。 危険を察知した私は、あらかじめ非常ベルを押していたのだ。 放心してうつむいた視線の先に、混乱で落とした愛写があった。
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