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走って走って、寮の玄関まで来てしまった。絵莉子は息を整えながら、思考も整えようとする。
(「誰にも言うつもりはない」ことって何? 薫ちゃんが隠したいことってなんなの?)
何かの冗談だったのではないか、と思おうとした。しかし、 冗談にしては、部屋から漏れ出た声はあまりにも真剣な色を帯びていた。
(落ち着け、落ち着け…何も聞いてない振りをして帰らないと)
意を決して、絵莉子は部屋の前まで戻り、ドアを開けた。
薫は部屋の中央にある円形テーブルのそばに座っていた。薫はいつも自分のデスクかベッドのところにいるので、そこにいるのは珍しいことであった。
テーブルの上にはゼリーが2つのってあり、薫はそのうちの1つのふたを開けていた。
「おかえり。ゼリーあるんだけど、よかったら食べる?」
きっと一緒に食べようとして買ってくれたのだろう。いつもなら両手を挙げて喜ぶところであったが、今はそんな気分ではなかった。しかし、いつもの風を装う。
「やったあありがとう、薫ちゃん大好きっ」
薫は絵莉子の反応を見て、少し首を傾げた。
「どうしたの、なんか元気ない?」
「そ、そんなことないよ! ちょっとバイトで失敗したっていうか、なんていうか…でもゼリー見たら元気出たよ!」
内心冷や冷やした気分のまま、絵莉子は勢いよくゼリーの蓋を開けた。その瞬間、ゼリーの汁が飛び散り、薫の顔にもかかる。
「あっ…!ごめん!」
絵莉子は咄嗟に謝ったが、薫はうつむいて小刻みに震えた。そして小さく「くくっ」と笑った。
「それだけの元気があるなら、ひとまず安心だね」
その後ゼリーを食べ始める薫を見つめ、絵莉子は思った。
(こんな風に笑ってくれていても…人には言えない何かがあるんだね)
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