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その日は、学園祭前で忙しいにもかかわらず、珍しく早く帰ることができる日であった。絵莉子はサークルもバイトもなくまっすぐ帰ることのできる喜びを噛み締めていた。 「ただいま」 声をかけながら部屋に入ると返事がなく、シャワーの水音だけが聞こえる。薫がシャワーを使っている場面に遭遇するのは珍しいことであった。そのうち上がってくるだろう、そう思っていると、薫の椅子の上にタオルが置いてあるのが見つかった。 (あ、もしかして持って行き忘れたのかな) そう思い、絵莉子はタオルを持ってバスルームの前に向かう。そのタイミングでちょうど水音がやんだ。 「薫ちゃーん、タオル忘れてない?」 バスルームの中に向かって声をかける。しかし、何故か返事がない。 「薫ちゃん?」 もう一度声を掛けてみるが、返事は返ってこない。薫は絵莉子が知る限り、声を掛けられて無視をするような人物ではない。 何かあったのか、絵莉子は不安に駆られた。 「薫ちゃん? 開けるよ?」 絵莉子はバスルームのドアを開けた。その瞬間、信じられないものが目に飛び込んできた。 湯気の中に、薫の筋肉質な裸体が見えた。体つきは女性のものであった。しかし、両足の間に、女性にあるはずのない物が… それを見るか見ないかのうちに、絵莉子は床に組み伏せられていることに気付いた。薫の表情は、今まで見たことがないほど厳しくなっている。 先ほど見た物と、現在の状況。それは理解を超えており、絵莉子の思考は働かない。 薫の手が、絵莉子の首元に伸び、痛いほどの力が込められる。 「さっき見たことを誰かに行ったら…殺すから」 返事をしないうちに、首元を掴んでいた手が離される。それから薫は立ち上がり、着替えを引っ掴んでベッドの中に入り、カーテンを引いた。 絵莉子は放心状態になり、しばらく立ち上がることができなかった。
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