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「何が食いたい?」と泰生に聞かれた絵莉子は「お米」と答えた。泰生は「米かぁ?」と困惑した表情をしたが、近くにあったトンカツ屋に入るということで話は落ち着いた。 メニューを選び、泰生と話をし、料理が届いてからも、絵莉子の心の片隅には薫のことが引っかかっていた。 『さっき見たことを誰かに言ったら…殺すから』 薫の乾いた声が頭の中で反響する。 「エリ、なんか元気ないけど大丈夫か?」 泰生に問われ、絵莉子ははっと顔を上げた。泰生は心配そうな表情を浮かべている。 「えっ…そんなことないよ」 「そうか? 学祭中もいつもより元気なかったように見えたけど。なんかあったのか?」 泰生に顔をじっと覗き込まれる。 (そう言われると…言ってしまいたくなる。でも、薫ちゃんの秘密なんて言えるわけない) 「ほんとに何にもない!何にもないから!」 「そうか…まあ何もないならいいけど…」 そう言った後、泰生は再び料理を口に運んだ。それから他愛もない話に戻る。 話しながらも、絵莉子はふと思った。 (これって、もしかしたらデートみたいなものなのかも知れない) しかし、不思議なほどに胸の高鳴りや緊張はない。 (男の子といてもどきどきしないし…でも女の子といるからって誰とでもどきどきするわけじゃないーーじゃあ薫ちゃんは? 女の子? それとも男の子?) どんなことを考えていても、目の前の泰生と話していても、思考は薫のことに行き着く。絵莉子は溜め息をつきたくなった。
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