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「薫ちゃん、出て行っちゃうの!? 私のせいで!?」 絵莉子は薫の服の裾を引っ張った。薫は少しだけバランスを崩したが、体勢を元に戻し、振り向いた。 「さっきも言ったけど…絵莉子ちゃんのせいじゃないよ、これは私の問題だから」 「だとしても、こんな形で全部終わりなんて嫌だよ! 私、薫ちゃんのことをちゃんと理解したい! ちゃんとわかりたいよ!」 それを言った瞬間、薫の表情に嫌悪が滲むのが見えた。絵莉子ははっとして、薫の服を掴んでいた手を離した。 「理解なんて…されたくない。普通の体で生きてきた人に、わかってもらおうなんて思わない。同情されるぐらいなら、嫌がられるほうがマシだよ」 薫の声は静かだったが、絵莉子を圧倒するほどの凄味があった。 絵莉子は後退りをしながら、それでも震える声で言った。 「違う…同情じゃない…私は…」 (薫ちゃんが好きだから) 言おうとして、ぐっと喉の奥が詰まった。今この状況で告白をする勇気はない。絵莉子は生唾を飲み込んだ。 以前の優しかった薫と、今冷たい表情で目の前に立っている薫が、どうしても重ならない。 「ごめんね、私もできれば普通の子の振りをしていたかった…でも、やっぱり無理みたいだね」 薫が一瞬だけ、哀しそうな顔を見せる。そして今度こそ絵莉子に背を向け、振り返ることはなかった。
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