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絵莉子が恋をするのは、いつも「女の子」であった。 物心ついた頃から、男性に対してときめきを抱いたことはない。友人が「カッコいい」と言う同じクラスの男子であったり、芸能人であったりに対しても心を動かされたことはない。絵莉子はその事について特に違和感を覚えることはなかった。 中学生の時、絵莉子と同じ吹奏楽部の少女、美穂に恋をするまでは。 美穂とは同じトランペットパートであり、毎日のパート練習の度に彼女に会えるのが、その時の絵莉子の楽しみであった。 美穂といると楽しい理由はたくさんあった。話が面白いから。性格の悪い顧問への文句が毎度秀逸だから。パート練習中に下らない話で笑いあえるから。でも演奏中は一緒に真剣になれるから。彼女の笑った顔がかわいいから。美穂は… 自分が彼女に向ける感情は友情とは違う、と自覚したのはいつごろだったか。 それは、ある日のことだった。美穂はトランペットを持ちながらも、窓の外を眺めていた。その表情はこれまで絵莉子が見たことのない、優しいような、寂しいような表情だった。 「どうしたの?」と問えば、「何でもない」と彼女は答え、練習に戻る。 そのようなやり取りが何日か続いた後、彼女は窓の外を眺める理由について打ち明けた。 「ほら、サッカー部の斎藤ってやつ…あいつバカのくせに、サッカーの時だけは真剣なんだね、なんか面白くてつい見ちゃう」 絵莉子には、その言葉が口の悪い美穂なりの「好き」であることがわかった。それと同時に、胸がちくりと痛むのを感じた。 必死に笑顔を作りながら、絵莉子は尋ねた。 「好きなの?」 「ちがっ…あんなアホ、好きなわけないじゃん」 否定をしながらも、美穂の顔は赤くなっていく。その後も絵莉子は表情を必死に繕いながら、美穂をからかう振りをした。しかし心を刺す痛みは何故だか消えなかった。 行動的な美穂は、教室で積極的に斎藤に話しかけていた。斎藤もそれを満更でもなく思っていたようであった。周囲からは、「あの二人、いつくっつくのかな」と噂されていた。 それを見るたび、聞くたび、絵莉子は信じたくないと思った。一方で、自分の感情が普通ではないことがわかっていた。 (美穂は友達。友達の恋は応援するのが普通なはずなのに…) そして、心の奥底から湧き上がる声を、必死に消そうとした。 (美穂が他の人を好きなんて嫌。彼氏ができるなんて嫌。私は…美穂が好き)
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