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薫との関係に転機が訪れたのは、絵莉子にとっても意外なタイミングであった。 サークルの飲み会で絵莉子の帰りが遅くなった時であった。寮への帰り道を歩いていると、なにやら道端にしゃがみこんでいる人物がいる。 (どうしたんだろう…具合が悪いのかな?) しかしその人物は、何やら音のようなものを発していた。連続した舌を鳴らす音であった。そしてよく見ると、その人物の前には小柄な猫がいた。 「ねこちゃーん、こんばんはー、こっちおいで…」 しかしその人物の努力も虚しく、猫はどこかへ逃げていってしまった。その人物は「ああっ」と情けないような声をあげた。 (あれ、もしかしてこの人…でもこんな声じゃ) 絵莉子の足音に気付き、その人物は振り返った。その瞬間、2人は石化したかのように固まった。 「薫ちゃん!? なんでこんな時間に…それにネコとしゃべ、しゃべって…」 薫は硬直したまま、リトマス試験紙のように顔を赤くした。その表情の変化は、暗がりでもわかるほどであった。 しばらく沈黙した後、薫は消え入りそうな声で懇願した。 「さっきのは…見なかったことにして」 「そ、それはちょっとできないかな」 「お願い!」 顔を赤く染めながらうつむく薫を見て、絵莉子は思わず心の中でつぶやいた。 (どうしよう、すごくかわいい) 「だって、あんまりにもインパクトが強かったから。大丈夫、誰にも言わないよ!」 「ありがとう、じゃあ絵莉子ちゃんも忘れてくれる?」 「やだよ、こんなレアな薫ちゃん、なかなか見れないもん」 「レアって…そんないいものじゃないよ」 会話をしながら、2人は帰路につく。その日の薫は、いつもと比べて少しだけ口数が多かった。照れ隠しのためなのか、猫に話しかけていたことから話題を逸らすためなのかわからなかったが、それでも絵莉子は満たされた気持ちだった。
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