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どのくらい、じっとその場にたたずんでいたのだろうか。
廊下とつながっている端の方では、お膳を取りに来た人たちががやがやと話してはお膳を持って、去っていくことを繰り返していたけれど。
私の耳には、喧騒も何も入らなかった。
“俺が、困んだよ”
頭に響くのは、その言葉だけ。
それほどまでに、さっきの言葉に、動揺している自分がいることを思い知らされた。
「お、璃桜、まだ此処にいたのか。遅いから、やっぱり手伝おうと思って……って、どうしたんだよ、その指!」
様子を見に来た平ちゃんの声に、漸くはっと我に返る。
「あ、切っちゃって。でも、もう大丈夫だよ」
「切ったって……包丁でか?」
漬物も包丁も、そのままにしてあるまな板の上に、じわりと滲む赤い血に、何が起きたのか理解したように目を瞬く平ちゃん。
「あ、漬物、駄目にしちゃった………ごめんね、平ちゃん」
「いや、璃桜が平気なら別に俺は全然いいんだけどよ、大分深く切っただろ」
「あー、うん。わりとざっくり」
そう答えれば、気を付けろよ、そう言葉を落として、ひょいと私の分までお膳を持ち上げてくれた。
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