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「いらっしゃ――ああ、おかえり」  奏のほほえみにホッコリしながら、成留はカウンターの空いている席に腰かけた。 「ただいま、先輩」  こうして笑顔で迎え入れられるのはこの店を知ってからだが、おかえりと言われるようになったのは、ほんの一か月半前。タレ目の目じりをいっそう下げて、迎え入れてくれる先輩の笑顔は俺にとって最高の癒しだ。この笑顔を見るために俺は毎朝、気力を振り絞って先輩の傍から離れている。  心の中でガッツポーズを作る成留の前に、湯呑が置かれた。 「肉と魚と、どっちがいい?」  問うてくる奏に、先輩がいいですと心の中で告げながら、成留は「肉」と答えた。 「だろうと思った」  そう言ってカウンターの内側から厨房へ消えていく奏を視線で追いながら、成留は湯呑を持ち上げる。 「おう、坊主。今日もママのメシを食いに帰ってきたのか」  初老の常連客が、赤い顔して成留をからかう。 「ウチのママの手料理は、最高でしょう?」  ニヤリと返した成留に、違いないと初老の常連客が笑うと、ほかの客にも笑みが連鎖した。  この店は地元の客が多く、ほとんどが顔見知りだった。はじめて来る客にも常連客が気さくに声をかけるので、ひとりでゆっくり飲みたい者には不向きだが、だれかと食事を共にしたいと願うひとり者、あるいは家族とも会社とも違った関係の中に身を置きたい者にとっては、ありがたい店だった。なにより奏の手料理はうまい。本人は、料理は店を出すと決めてから習いはじめ、当初はキュウリもまともに切れなかったと言っていたが、それが冗談だと感じるくらいに、うまかった。 (つうか、ママっていいよなぁ)  ニヤニヤと成留は奏の消えた厨房を見る。もうすこしすれば、先輩は俺のための肉料理を持って、厨房とカウンターを隔てている暖簾を分けながら、おまたせと言って出てくるんだ。割烹着とか着てたら、最高だよなぁ。  そんな夢想をされているとはつゆ知らず、奏は味噌に漬けていた豚肉を焼いていた。付合せは焼いたナスと白ネギだ。それに青菜の煮びたしとみそ汁を手早く整える。 「おう、おまたせ」  声をかけると、餌を前にした犬のように成留が目を輝かせる。やっぱり腹減り年代だなぁと、奏は成留の前に料理を並べた。
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