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(呑みすぎなけりゃあ、いいけどな)
気のいい常連客たちばかりだが、気持ちがよすぎて大盤振る舞いをしてしまうことがある。成留が酔いつぶれてしまわないように、そこそこのところで止めてやらねぇとな。
そんな奏の心配は杞憂に終わり、成留は食事を終えると「ごちそうさまでした」と手を合わせて席を立った。
「それじゃあ、先輩」
「おう」
空になった食器を受け取った奏は、ホッとしながら手元へ視線を落とした。
(まあ、あいつも子どもじゃねぇし、自分で自分の管理はするか)
「大将、こっちシシャモちょうだい」
「あいよぉ」
そんな客と奏のやりとりを聞きながら、成留は二階へ上がってスーツを脱ぐと、風呂掃除にかかった。店を閉めた奏がすぐに風呂に入れるようにするのが、成留の役目だった。ほかにもなにかできることがあればと思うのだが、奏は大ざっぱそうに見えて掃除などをこまめにこなす。なにかしたいと成留がねだって、手に入れたのが風呂掃除だった。
(先輩って、なんでもこなしちまうんだよなぁ)
ほんとママだよな、などと思いつつ掃除を済ませ、風呂を沸かし、先に入ってテレビを観ていると、奏が上がってきた。
「ただいま」
「おかえり、かな……、先輩」
ん? と奏が首をかしげたので、おなじ仕草で成留はごまかした。名前を呼んでみようとしたけれど気恥ずかしくなった、なんて言えやしない。
「宮原のおっさん、けっこう先輩に呑ませたんだ?」
奏の目尻が赤くなり、瞳がトロリとなっている。作務衣の合わせ目からのぞく襟元もほんのりバラ色で、成留はひっそりとツバを飲んだ。
「ああ、ほかの客も感化されて次々におごられてな……。風呂、いいか?」
「もちろんですよ」
うなずいた奏は成留の視線が首元にあると気づいて、わざと懐に腕を入れた。合わせ目が開き、胸元がチラリと覗く。ぴったりとしたタンクトップにおおわれた胸筋に、成留の視線が注がれた。その目が物欲しそうな色を浮かべている。
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