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「ノンケがなに言ってやがる。なぐさめにもならねぇぞ」
不機嫌な奏が声を低めて凄んでも、成留はヘラヘラしたまま首をかしげた。
「ノンケって、なんです?」
舌打ちをした奏は、カマトトぶりやがってと心中で吐き捨てて、成留をにらんだ。
「俺にキスができてから、そういうことを言えってんだよ」
そう言い放った奏の頬に、ふわりと成留の手のひらが触れて、驚く間もなく唇が重ねられた。
「できましたよ」
ニコニコする成留に、奏はあっけにとられた。
「じゃあ、これから俺、先輩の恋人ってことでいいですよね。この上に住んでて、部屋が空いてるって言ってましたし、いまのマンション引き払ってきます。家賃と食費は入れるから、安心してくださいね」
「……お、おう」
あまりのことに毒気を抜かれて、そう答えたのが二か月前。そしてマンションの退去手続きなどを終えて、彼が移り住んできてから約一か月半が経過している。
「どう考えても、性欲解消のできる家政婦つきの家に来たって感覚でいるとしか思えねぇなぁ」
サカッてこられるのは単純にうれしい。むしろそれを試すために、わざと今朝のようにあおる恰好をしていた。キスくらいなら誰でもできる。けれど股間を熱くするのはさすがに無理だろうと危ぶんでしまうから、ついつい挑発的な格好で確認をしてしまう。
「はぁ……」
ちょっとずつ様子を見ながら関係を深めていかないと、後で痛い目を見るに決まっている。成留の求めに応じそうになる自分を戒めた奏は、やれやれと目を閉じた。
(料理の味つけとおんなじだ)
味見をしてから、このままでいいのか調味料を足すのかを考えなければ、とんでもなく味が濃いものになったり、とても食べられたものじゃないものになったりする。
店を持ちたいと思って料理を習いはじめたころの、おそろしい仕上がりになった料理の数々を思い出し、奏は皮肉に頬をゆがませた。成留との関係も、そんなふうにはなりたくない。薄味のままでいくか、味を濃くしても大丈夫なのか、様子をさぐりながら成留の求めに応じなければ。
(泣きを見るのは、ゴメンだからな)
甘えにほだされてしまわないよう、気を引き締めていなければと思いつつ、奏は眠りに落ちていった。
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