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そして、
「海…」
工場街の奥のはるか向こう側、かすかに水平線が見えた。またもや、心が軽くなる感覚。それに、いつもは見上げることの少ない空が、近い。オレンジ色の光が徐々に白みをもって強さを帯び、青鈍色の空は彩度と明度を増していく。
気づくと、そいつは毛の隙間からのぞく大きな瞳で俺を見つめていた。
「ハツカネズミなら、他にもいるだろいっぱい」
その真っ黒い目を見つめ返し、俺は問いかける。
「なんで、俺だけ、こんなところに連れてきたんだ」
そいつは背筋を伸ばして直立し、笛をピーと鳴らして、答えた。
「それは、君が私に気づいたからさ。私の姿。そして私の音色」
わざとらしさのない淡々とした口調で、しかしはっきりと。俺は眉をひそめる。
「そろそろ、まわし車から降りたらどうだい?ハツカネズミ君」
ピーンポーン。
その姿から似つかわしくない号令音が、笛を通じて鳴り響いた。
<終>
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