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夜勤明けのある日。
俺はオレンジ色の光を浴びながら、ボンヤリとバスを待っていた。かすかに、どこかの工場の号令音が耳に入る。ボンヤリしたまま、視線を上げる。道路を挟んだ向かい側に背の高い工場が建っている。俺が働く工場もそれなりだが、この工場も街で一、二を争うくらいには高い。ふと、その屋上を見上げ、違和感を覚える。
「…?」
ボヤけた視界をはっきりさせて改めて見上げると、その屋上に人影らしきものを認識できた。らしきもの、とつけたのは、それが普通の人間とは違う特徴をもっていたからだ。頭に相当する部分に、長く伸びるものが見えた。そして、口から生えている2本の触角。
「触角?え?」
疲労を抱えた視力では鮮明にとらえることも難しく、そんなうちにバスもやってきて観察終了となった。
それからというものの。
さすがに日勤帰りは辺りが暗いので確かめることができなかったが、夜勤帰りの日にはほぼ必ずそれは屋上に立っていた。よくよく見ると、角に見えたそれは帽子のようで、触角のように見えたそれは2本の長い笛のようだ。もしかしたら張りぼてかカカシのようなものかとも思ったが、それは違った。なにせ、ゆったりと、不規則に動いているからだ。
「なんなんだ、あれ」
その正体を暴こうとするまでの興味は湧かなかったが、その不思議な存在を観察することが、夜勤明けの一つの日課と化した。
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