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エジプトは無敵だった。
富と人の集まるナイルの河口に旅の踊り子アディーラは一座とともに陸路を流れてやってきた。
西北辺境独特の笛と太鼓の交わる音楽の陽気で妖艶なアディーラの躍りは人気で、客と投げ銭は途切れることがなかった。
ほどなくして、とある奴隷将軍がアディーラ贔屓の情人となった。
今の身分は奴隷とは言え、元は大国エジプトを敵に回して長く互角に戦った敵国の臣将。
その人柄と智勇は好ましく、多恋の質のアディーラが、柄にもなく深く愛した。
やがて新たな戦が始まり、戦奴軍は死ねとばかりに激しい前線に叩きこまれた。
戦には辛勝したが、その扱いには耐えかねた。
エジプトに対して、廃国の奴隷軍すべてが一斉に蜂起をしたと…アディーラは都で耳にする。
一心に駱駝を飛ばし、駆けに駆け…
辿り着いた時には。
いくさ野にはただ、累々たる屍。
剣と鎧ははぎ盗られ、奴隷の鉄鎖だけは残され、まだ息の有った者は無残にとどめを刺された、その、死体の岩漠で…
アディーラは恋人の遺骸を見つけた。
もの言わぬ瞳が、無慈悲な太陽に灼かれ、乾きひからびていくのを…
ただただ、観ていた…
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