第5章 : call your name

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 心臓の音が聞こえている。置いていかれると思った。後回しにされて忘れられるんだって思った。三人だけで行ってしまうんだと思った。そうした方が簡単だし、面倒くさくない。  だけど、そうじゃなかった。何だっていいから行こうって言う。俺も行くのが当たり前だって言う。木から下りるなんて、思い出すと心臓痛いし、汗出るし、力入らなくなりそうだ。だけどそれよりも。    許してくれないなら。諦めないでいてくれるなら、三人が当たり前みたいに置いていかないと言ってくれるなら、それなら。ほとんどうわごとみたいに、言葉がこぼれ落ちる。 「…………みんなと……、行くよ」  冗談みたいに震えた声が紡いだ言葉に、成島がぱあっと笑った。遠山は何も言わないけど小さくうなずいて、仁羽が「よし」とつぶやく。  でも言った瞬間ものすごく後悔して、波のように不安が押し寄せる。「やっぱ今のナシで!」とか言いたかったけど、今さらそんなこと言ったら本当に迷惑もいい所だ。  何より、すっくと立ち上がった成島は完全にやる気だった。 「メノウ様がいれば落ちないから、大丈夫。信じていいよ」  窓を開け放った成島は振り返り、そう言う。靴を履きかえると、鞄を肩にかけてひょいっと体を浮かせ、窓枠に腰かける。足は外に出ているから不安定だ。 「ね、園田」  成島の安定しない体勢に、他人事ながらびくびくしていたら名前を呼ばれる。首をそらすようにしてこっちを見ていた。 「下で、ちゃんと待ってるからね。置いて行ったりしないから、園田もちゃんと来てよ」  何かを言おうと思ったのに、言葉が出なかった。その隙に、先に行くね! と宣言して、成島の姿が消えた。  俺は手の中のあみぐるみ――メノウ様を両手で握りしめる。成島がやってたみたいに。大丈夫。待ってるって、言ったから。大丈夫。 「……早いね……」  いつの間に窓際まで近づいていたのか、ぽそり、と遠山がつぶやいた。成島を見ているらしく、「よくあんなにぱっぱと……進むね……。得意なのかな……」とぶつくさ言っている。 「……この木結構太いし、丁度いい具合に枝が出てるからね……。たぶん、下りやすいよ……?」
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