第5章 : call your name

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 下駄箱から取ってきた俺の運動靴(頼んでないのに持ってきてくれた)をぶん投げられる。拒否したかったけど、自分で決めたことだ。渋々履き替える。  よし、深呼吸だ、深呼吸。窓枠に手をついて下を見ると吸い込まれそうな暗闇が広がっていた。思わず固まる。  いや行くんだ、行かなくちゃ。気持ちだけはそう思うけど、むしろこのままへたれこみそうになる。窓枠を握りしめたままで固まっていたら、仁羽のため息と声が聞こえた。 「……園田、こっち向け」 「……なに?」  振り向くと、仁羽のしかめ面が真正面にある。「窓枠に座れ。こっち向いてて良いから」という声は強い響きがあって、導かれるようにして従う。  何回か挑戦して、どうにか成功する。仁羽の腕をつかんだままで、仁羽にもつかんでもらってたけど。 「そのまま、ゆっくりでいいから方向転換な」  声なんて出してられなくて、無言でうなずく。バランス取るだけで精一杯だ。そろそろと動いて少しずつ体の向きを変えていく。横を向いて窓枠にまたがる形になり、さらに慎重に体の向きを変えていく。  心臓の音が、頭の奥に響いている。前のめりになりながら手に力をこめる。サッシが手のひらに食い込む。もう片方の足を窓枠の上まで持ってきて、どうにか窓の外に足を投げ出した。 「……あとは足元にある枝から、幹の方まで行くだけだ。そこそこ太いからな、どうにかなんだろ」  仁羽の声は確かに聞こえているのに、上手く意味を結ばなくて何が何だかわからない。下腹がすーすーする。  たまに吹いてくるぬるい風、木の匂い、背中を伝う汗、不安定な足元、体中に鳴り響く心臓の音。それくらいしかわからない。仁羽の声が耳元でする。 「……ほら。お前を下で待ってるぞ」  誰が? と思った。誰が俺を待ってるんだ。思って、顔が浮かんだ。でも、耳鳴りみたいな心臓の音に消されそうだ。手足の先まで心臓になったような気がする。ばくばく、うるさい。 「下にはあいつらがいてお前を待ってる。まぁ、後ろには俺がいる。だから安心して行け」  肩を叩かれた。唾を飲む。のどが痛い。行くんだ、行かなきゃ。だけど、力が入らない。足の下にある枝、そこにおりなきゃいけないのに、それなのに、窓枠からおりられない。心臓が、うるさくて仕方ない。 「……園田、ほら。下から、聞こえるだろ」
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