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夏休みの前、からっとした天気だった。
友達同士で集まって、何をする? って話になった。誰かが木登り! と叫んで、それじゃあ裏山にある大きなクスノキに、誰が一番高くまで登れるか競争しようって言ったんだ。
俺は木登りが得意だった。どんな木だって上手く登れたし、今日は一番になってやるって張り切ったんだ。
そしたらきっとすごいねって言ってくれる。褒めてくれる。木登りには俺がいなくちゃって思ってくれるかも。
あの日俺はすごく調子がよくて、二番目のヤツとはずい分離れていたような気がする。
空と太陽が近かった。てっぺんでちぎった葉っぱの匂いも気持ちよかった。不安定な足元でさえ面白かった。
かろうじて唾を呑み込んだ。
知りたくないのに。思い出したくないのに、俺の記憶は勝手に引き出しを開け放つ。瞬きしか出来ない目に、あの日の光景が映っている気がした。
誰よりも空と太陽に近い場所にいた俺のことは、見えていなかったのかもしれない。
俺だっていつもより高い景色に興奮していたから、だからきっと俺を呼ぶ声が聞こえなかったんだ。気がついたら、一緒に登っていたヤツらは俺以外、みんな地面に下りていた。
ぐっと唇を噛んだ。ゆっくりとまばたきをしても、浮かんだ光景は散らない。
腹減ったから何か食べに行こうぜ、とかきっとそんな話をしていたんだろう。誰より高い場所にいた俺は、空高くからクラスメイトを見ていた。
笑いながら去って行く姿を。俺がそこにいなくても、当然のように笑いあっていたクラスメイトたちを、見ていた。
俺は一体どうしたらいいんだろう。
あの日のことを思い出しただけで、こんなに足がすくんでしまう。
まざまざと見せつけられたことが苦しくて、どうしたらいいかわからないんだ。同じように木の上で立ち往生している俺は、少しも進歩していない。
どうしよう、どうしたらいいんだっけ。次は何をしたらいいんだっけ。俺はどうしたらいいんだっけ。
「……止まんなっ」
不意に声が聞こえた。強張った体では見えないけど、それは確かに上から聞こえた。俺のあとから来ているはずの仁羽の声だ。さらに、仁羽に続くように下から声がやって来る。
「園田?」
「どーしたの? 園田だいじょーぶ?」
「園田、止まってんじゃねえよ、ちゃんと進め!」
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