第5章 : call your name

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 上から仁羽の声まで降って来て、止まっていた頭の一部が回復したらしい。  ぎ、と固まった筋肉を動かして足を踏み出そうとするけど、簡単には行かない。  あの日、置いていかれた。呼んでくれなかった。骨の折れる音。決定的だった。痛くて痛くて仕方なかった。  心臓の音が聞こえている。短く息を吐く音がうるさい。暑さの所為だけじゃなくて、汗が落ちていく。  全身が悲鳴をあげている。思い出したくない。何も考えたくない。しゃがみこんで何もかも投げ出したい。こんな怖いこと終わりにして俺のことは置いていってくれていい。もういい、いなかったことにして見なかったことにして、放り出していい。動けない。立ちすくんだままだ。泣き喚いて終わりにしたい。  だけど、声が聞こえる。返事がないから、ずっと名前を呼んでいる。  泣きじゃくりたい俺の耳に届いて、思い出す。置いていっていい。見なかったことにしていい。放り出していい。  いくら思ったって、許すはずがないんだ。そんなのとっくに知っている。迷惑だって言ったって、嫌だって言ったって、許してくれなかった。だから俺はここにいる。     
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