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耳に残るのは俺の名前だ。呼んでいる。俺の名前を覚えていると言ったじゃないか。だからちゃんと呼んでいる。
あの日と同じじゃない。全然違う。口を開いた。からからに乾いていて喉が痛い。それでも絞り出す。あの日には聞こえなかった名前が、俺の名前が聞こえているなら。
「……なる、しま」
とっておきの呪文を唱えるみたいに、口に出す。ずっと心の中だけでとなえていた誰かの名前じゃなくて。
「とおや、ま」
誰かの名前を呼びたかった。名前はたくさん知ってたけど、呼んでいいかわからなかった。答えてくれるかわからなくて、拒絶されたらすくんでしまう。
だけど俺は知っている。俺より先に、呼んでくれる人がいた。忘れないと言った人がいる。
「にわ」
心の中だけで呼んでいた名前を、口に出す。誰かじゃなくて、ここにいる三人の名前を、喉を震わせて呼ぶ。
俺はここにいるって伝える。待っていてくれる人に。あとから来てくれる人に。きっと届く、ちゃんと聞こえる。
ぐっと深呼吸をして、肺いっぱいに酸素を取り込んだ。喉を開いて、周りの葉っぱを全部揺らすみたいに、腹の底から声を出す。固まっていた筋肉がぎりぎり動く。
「成島! 遠山!」
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