第5章 : call your name

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 叫ぶと、下から声が聞こえた。「園田ー、平気ー?」と言っているのはきっと成島だろう。思いっきり深呼吸してから、「今から行く!」と答えたら「待ってるよー!」と返事がある。  強張っていた筋肉がばきばきと音を立てる。もう一度息を吸った。 「仁羽、もうちょっと待って!」  真っ白になった頭でそう言えば、不機嫌そうな声で「さっさとしろよ」と返してくる。声と共に息を吐き出したら、自然と大きく酸素が入ってくる。  頭の中身を一度全部さらったみたいだ。そうだ、あの時とは違うんだ。それなら俺は、再び動き出せるはずだ。  慎重に深呼吸をしてから、下を見る。これだ! と確信は持てないけど、目を凝らせば枝が見える。なるべくがっしりしている、太い枝の、根元に近い部分に足を下ろす。  幹に手を置きつつ、少しずつ体重を移動して、完全に下り立つ。揺れてはいるけど落ちる気配はない。これなら行ける、今なら行ける。進めば進むほど、確かな地面が近づくはずだ。  木の中は風通しが悪い。むっとするほどの植物の気配は息苦しく、視界を阻むような枝と葉っぱはちくちくと、些細ながらも確かに体力を削り取る。  短い呼吸音と、ばくばく響く心臓の音がうるさい。汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。首すじや背中を伝っていく汗をことさら意識してしまうのはたぶん、額から落ちる汗が目の中に入るからだ。  袖でいくら目を拭ってもあまり意味はなくて、すぐに視界はにじむ。はっは、と息の音がしている。頭上で小さく揺れているのは、きっと仁羽が来ているからだ。下には遠山と成島が待っている。  疑いなくそう思える。冷静な判断力なんてもうどっかに行ってしまった。難しいことなんて考えられなくて、ただシンプルに思える。頭より先に、たぶん体が知っている。だって、いくら拭っても溢れて止まらない。  上を見た。滴が頬を伝って落ちていくのがわかった。深呼吸をする。  あの日俺は、遠ざかっていくクラスメイトを眺めながら、やっと悟った。今までずっと気がついていたのに、知らないフリをしていたことを、やっと悟った。  そうだったんだ。一緒に木登りをしに来た。帰る時に俺はいなかった。隣で遊んでいたのに、いなくなっても構わなかった。いないことが当たり前みたいに、いなくたって困らないみたいに、みんな笑ってる。俺がいなくたって、当たり前のように笑ってる。
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