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「えーと、なんでまた戸川美保の写真集学校に持ってきてその上忘れたんだよ?」
「今年はデッサン強化するっていうから、デッサン用に持ってきてるんだよ。二学期も使うから置いていってもいいんだけど」
仁羽が拳を振り上げた。なら取りに行くとか言うんじゃねえ、と言いたいんだろう。
「だけど、何か見たくなっちゃって」
えへ、と成島が笑った。だってずっと聞こえてるから、と続けて言って、まっすぐ前を指した。
指の先を追って、俺と仁羽は振り向く。遠山はぼんやりしているみたいだけど、視線は動いている。
成島が指しているのは、階段の踊り場にある、大きな窓だった。ぼうっとした月明かりに四角く切り取られた窓。その向こう、外側から聞こえる音。
「ずっとお囃子聞こえてるでしょ。だからまだ、お祭りやってるってわかるんだけど……いつ帰って来るか、わからないじゃない」
帰って来る、というのは神輿のことだ。勇壮に階段を下りていった神輿が、再び神社に戻ってくれば、祭りは終わる。神輿の帰還を知らせる号砲が鳴り響けば、それが終わりの合図だ。
せめて、せめてそれまでには帰りたいんだけど……門限的にも祭り的にも、と切実に思う。
成島はだからね、と言った。遠い目で窓の外を見つめていて、微笑むような顔だった。
「……お囃子が聞こえてる内に、今日の内に、見たくなっちゃったんだよ」
何が? という顔で成島を見た。本気で照れてるみたいな顔をして、簡潔に答える。
「浴衣姿」
瞬間、仁羽が羽交い締めを抜けて、成島の脳天を殴った。成島は、いったー! と叫んでしゃがみこみ、「何すんの仁羽!」と噛みつく。
「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎。なんでお前の趣味のためだけにつき合わされなくちゃなんねえんだ」
「えーでも浴衣姿よくない?」
「そういう問題じゃねえ」
「でもいいよね、浴衣」
ね、の所で俺を見たから素直にうん、と答えた。しゃがんでいた成島がにっこり笑った。でしょー、とか言っている。立ち上がると、にっこにっこと本当に満面の笑みでまくしたてた。
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