第2章 : 暗闇と秘密の行進

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 一気に明かりが灯るような笑みを乗せて、そう言った。成島にとってはかなり重要な事実らしい。 「お姉ちゃんもうさぎ好きだったもん。だから、メノウ様はうさぎなんだもんね」  手の中のうさぎに語りかけると、こくん、とうなずいたようだ。仁羽は「うさぎ好きの女なんて腐るほどいるだろ」とか言ってるけど、成島はそんなこと気にしない。  瞳に光をいっぱいに溜めて、成島はつぶやく。年よりもっと幼く見える顔立ちだけれど、今ここにあるのは、とても大人びた顔だと思った。  遠くにある思い出を、抱き寄せて撫でているみたいな。振り返ることに慣れきった顔。 「……お姉ちゃんが、最後に僕にくれたんだもの」  いつも持っていたそのぴんくのあみぐるみを、もらったんだと成島は言う。  うさぎが好きな、成島のお姉さん。  月のうさぎの話をしてくれたし、うさぎのアップリケを縫ってくれたと言う。その人がいつも持っていたうさぎのあみぐるみを、別れる時にくれたのだと言う。  弾んだ声だ。嬉しそうに顔を綻ばせている。だけど、同じくらい失ってしまったものを悼むような顔だった。 「だからメノウ様は、うさぎなんだよね」  首を傾げるようにして、成島は笑った。  手のひらに視線を注いで、握りしめていたあみぐるみを、そっと包み込む。失くしてしまった面影を、風化していってしまう姿を取りこぼさないように、包み込む。 「戸川美保はお姉ちゃんと年が同じでね、雰囲気が似てるんだ」  振り払うように顔を上げると、成島は明るく言った。「お姉ちゃんを思い出すんだよねー」と胸元のあみぐるみに笑いかけると、成島の手の中でうさぎがうなずいた。  何て言えばいいんだろう。成島にとっての戸川美保。成島にとってのメノウ様。生き別れのお姉さんに似ているなんて話を聞いちゃったら、あっさり引き返すなんて出来ないだろ、と思った。  そしたら突然仁羽が動いて、階段をさっさと下りていく。成島を追い越すと、闇のたたずむ廊下へ足を踏み出す。呆気に取られてその動きを見ている。 「……行くんだろ、美術室」
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