第3章 : 置いてきぼりグローリー

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 遠山の言葉に引きずられるように、見知った鏡池を思い浮かべる。水上神社の中にある、静かな池を頭に描く。  きれいな月に照らされた鏡池。名前の通り、静かな水面には鏡のように影が映る。  水中からぬらり、と出てくる影は、人間にしては小さい。人の肌とはまるで違って、全身が鱗で覆われている。頭には皿を乗せて水かきと甲羅を持ち、人ではない風貌をしている。  それなのに、静かな水面に映った顔は、鏡をのぞきこんだように、自分そっくりの顔をしている――。 「っうわ、想像しちゃったじゃん!」  思わず叫んだけど、遠山は全く気にしない。遥か遠くへまなざしを向けながら、淡々と言葉を流す。 「きっと今日も、どこかにいるかもね……。むしろ、代わりに祭りを楽しんでるかも……」  しれない、という言葉を途中で切ったかと思うと、突然光が動いた。後ろを向く遠山とともに懐中電灯が壁を伝い、窓の辺りを照らす。 「……どうしたの、遠山……?」 「……何か……音がしたような……」  しっかりと目を開き、にらむような視線を前へ向けている。かすかに聞こえるのは耳慣れた笛の音や太鼓の音、澄んだ虫の音で、それ以外には何も聞こえない。  懐中電灯が照らすのは、準備室の一角、扉の正面。切り取られた窓と白い布、大きな棚がある。  遠山は真っ直ぐに懐中電灯を動かした。丸い光は、棚の前に置かれた机の辺りを照らすけど、そこには何もない。机の下には影がたまっていて、はっきりしない固まりがあるだけだ。 「……気のせいじゃない……?」  そうであってほしいと願いながら聞いた。仁羽じゃなくても、不気味な音とか正体不明の何かとは、なるべく遭遇したくない。 「……うん……」  そうかも、とつぶやきかけた遠山の声に、がたん、と音がかぶった。お囃子とは違ってメロディも何もない。虫の声とは違って澄んでいない、単なる音。  気のせいじゃない。懐中電灯で照らされた辺りから、確かに聞こえた。隣にいる仁羽が悲鳴みたいな声をもらした。遠山は懐中電灯を動かさない。ぶれない光が照らす光景を、俺たちは見ている。
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