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遠山の言葉に引きずられるように、見知った鏡池を思い浮かべる。水上神社の中にある、静かな池を頭に描く。
きれいな月に照らされた鏡池。名前の通り、静かな水面には鏡のように影が映る。
水中からぬらり、と出てくる影は、人間にしては小さい。人の肌とはまるで違って、全身が鱗で覆われている。頭には皿を乗せて水かきと甲羅を持ち、人ではない風貌をしている。
それなのに、静かな水面に映った顔は、鏡をのぞきこんだように、自分そっくりの顔をしている――。
「っうわ、想像しちゃったじゃん!」
思わず叫んだけど、遠山は全く気にしない。遥か遠くへまなざしを向けながら、淡々と言葉を流す。
「きっと今日も、どこかにいるかもね……。むしろ、代わりに祭りを楽しんでるかも……」
しれない、という言葉を途中で切ったかと思うと、突然光が動いた。後ろを向く遠山とともに懐中電灯が壁を伝い、窓の辺りを照らす。
「……どうしたの、遠山……?」
「……何か……音がしたような……」
しっかりと目を開き、にらむような視線を前へ向けている。かすかに聞こえるのは耳慣れた笛の音や太鼓の音、澄んだ虫の音で、それ以外には何も聞こえない。
懐中電灯が照らすのは、準備室の一角、扉の正面。切り取られた窓と白い布、大きな棚がある。
遠山は真っ直ぐに懐中電灯を動かした。丸い光は、棚の前に置かれた机の辺りを照らすけど、そこには何もない。机の下には影がたまっていて、はっきりしない固まりがあるだけだ。
「……気のせいじゃない……?」
そうであってほしいと願いながら聞いた。仁羽じゃなくても、不気味な音とか正体不明の何かとは、なるべく遭遇したくない。
「……うん……」
そうかも、とつぶやきかけた遠山の声に、がたん、と音がかぶった。お囃子とは違ってメロディも何もない。虫の声とは違って澄んでいない、単なる音。
気のせいじゃない。懐中電灯で照らされた辺りから、確かに聞こえた。隣にいる仁羽が悲鳴みたいな声をもらした。遠山は懐中電灯を動かさない。ぶれない光が照らす光景を、俺たちは見ている。
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