82人が本棚に入れています
本棚に追加
/177ページ
机の下の影が、動いたように見えた。見間違いかと思って目をこすったら何も変わってないみたいで、やっぱり間違いかと思った。
でも、また音がした。ごとん、と何かがぶつかるような。間違いようもなくはっきりと、机の下から音がする。
唾を呑み込んで音の発生源を見たら、ふっと小さな影が動く。小さな子どものような、影が、机の下で動いている。
「――っ」
ぎく、と筋肉が強張った。影が立ち上がろうとしたその瞬間、白い布がばさり、と落ちた。窓は閉め切られているのに、風に乗って落ちるようにゆったりと白い布が舞う。
スローモーションのようにゆっくりと、滑り落ちていく白い布。その向こうに現れる、影。
(こんな月の夜は)
遠山の声がよみがえる。
(自分とよく似た)
目の前に現れる、影。俺たちしかいないのに。
(鏡池から)
現れるわけがない、俺たち以外の影が現れた、瞬間。
(河童が、出てくるんだよね……)
自分によく似た別の生物が、にいっと嗤った気がした。
全身の毛が逆立つ。何が起きているのか理解出来なかった。だけど、まばたきのあと。
どおおおおおおおおおんっっ!
突然、空気を震わすような轟音が響く。それが合図だった。
「ぎゃあああああああああっっ!!」
叫び声と走り出した影につられて、足が勝手に床を蹴り、全速力で駆け出した。
周りのことはすっかり抜け落ちていた。誰かが何かを言ったのかもしれないし、音がしていたのかもしれないけど聞こえない。外の音は消えてしまう。
きちんと音が戻ってきたのは、美術室からだいぶ離れた廊下で、呼吸をととのえている時だ。自分の息の音がうるさい。高く虫が鳴いている。笛の音。風が吹いている。
「……っ、は、……な、何、なにあれ、なに?」
壁にもたれて座り込みつつ、つぶやく。見れば、俺より前でうずくまっているのは仁羽だ。
「や、やっぱり……っ、月がきれいだから、出てきたのか、な……」
どうにか呼吸を落ち着かせようとする。仁羽はうずくまったままだ。心臓が暴れて、走った所為で噴き出した汗が、首筋を伝って落ちていく。
「お供えとか、したら、……いいのかな」
最初のコメントを投稿しよう!