第3章 : 置いてきぼりグローリー

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 少し呼吸が落ち着いてきた。しかし、どうしたら河童が引き取ってくれるかなんて知らない。  きゅうりか、やっぱりきゅうりなのか。それとも人肉とかだったらどうしよう。それじゃ新たなるホラーの幕開けだし……。  考えていたら、仁羽がむくりと立ち上がった。その顔は眉間に深くしわが刻み込まれ、目が吊り上がっている。でも涙目だった。  つかつかと近寄ってくると俺の前に立ち、見下ろされる。何を言えばいいかわからなかったので、とりあえずへらりと笑いながら言ってみた。 「……怖かったよな、今の」  実際に河童を見たことがあるわけでもないし、あんなのただの都市伝説とか怪談みたいなものだ。  だけど実際見てしまった。俺たちしかいないはずの部屋に現れた、誰かの影。俺の知らない別の世界が、理屈の通じない絶対的な何かが、そこにある気がして、体中がぞわり、とした。 「あれはちょっとタイミングよすぎるよな。話題にしてた正にその瞬間って」  視線を合わすために俺も立ち上がる。多少仁羽の方が背は高いけど、視線は大体同じくらい。汗なのか恐怖なのか目は潤んでいるけど、仁羽はにらむようではなかった。 「あんなのさ、仁羽じゃなくたって怖いだろ」  ゆっくり深呼吸をすると、熱い息が漏れた。それでも呼吸はだいぶ落ち着いている。怖いことなんて、きっと誰にでもあるんだ。  実際俺には怖いことなんてたくさんあって、たぶん仁羽ならなんてことないことが、俺には怖くて仕方ない。仁羽が怖いって思うのと同じくらい、やっぱり自分じゃどうしようも出来ない。 「俺もあれは、怖かったよ」  怖いことがあるなんて、そんなの当たり前だ。だから、恥ずかしいことみたいな、自分だけが間違えたみたいな、そんな顔をしなくたっていいのに。  そういう気持ちをめいっぱい込めて告げれば、仁羽は怪訝そうな顔をしたあと、数秒してから口を開く。何かを言いかけたらしいけど、結局声にはならなかった。  代わりにため息を吐いて、少し唇をゆがめた。笑ったみたいだったから、俺も一つ笑いを返す。それから、ついでのように言った。 「……で、どうしよう?」 「……」  仁羽は黙るだけで聞き返してこないから、わかってるんだろう。だってここには、俺と仁羽しかいない。遠山と成島がいなかった。 「……美術室だよな……」
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