第4章 : 君の知ってる僕のこと、僕の知らない君のこと

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 それだけだよ、と言った。大層な理由もないし、何か特別な意味があるわけじゃない。  すると、仁羽に聞かれた。いたって普通の、単純な疑問の形。成島に尋ねた時みたいに、質問だけで構成された言葉。 「なんでそんなに覚えてたいんだよ」  仁羽らしくないおだやかな言葉だったから。それとも、口に出さないだけで成島や遠山も不思議そうだったから。たぶん両方の理由で、答えていた。繕いもしないで素直に、心の底からぽろりと答えを落とす。 「だって、誰にも知られてないなんて寂しいじゃん」  口にしてみてなるほどな、と思った。寂しいのはたぶん俺で、何より願っているのも俺だから、きっと俺は俺のために覚えていようとしている。 「誰も気づかないっていうなら、せめて俺だけは気づいててもいいでしょ?」  茶化すように、誤魔化すように笑う。  きっとこんなのは他の人の目から見たら、滑稽な努力なんだろう。小さくてどうでもよくて、何にもつながらない。  だけど、もしもいつか誰かが「こんなこともあったね」って言ったなら、「そうだね」って言いたいんだ。     
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