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「あんた、よくこんな状態で俺を誘ったな。ある意味尊敬するよ」
「男のひとり暮らしなんてこんなもんだろう。てきとうに座って寛いでくれ」
「てきとうに、って言われてもな……」
柳の小言を流しながら、俊幸はキッチンスペースへ足を進める。シンクに溜まった洗いものからマグカップをふたつ発掘し、それらを丁寧に洗う。それから水分を布巾で拭い、インスタントの粉を入れた。ポットなどの上等な家電製品は無いから、小さな鍋で湯を沸かす。
沸騰するまでの間、居間の様子をうかがうと、柳は興味深そうに辺りを探っていた。
こんなゴミ屋敷を訪れる経験など、一生に一度あるかないかだろう。もちろん柳のような酔狂な客も、この先現れることはないだろうが。
沸騰した湯をカップに注ぎ、手近にあった箸でかき混ぜる。客に出すには貧相な品だが、これが俊幸にできる最大限のもてなしだった。
「待たせたね、インスタントだけど……。悪い、うちにはこれしかないんだ」
「あのさあ、俊幸さん」
俊幸がカップを持って居間に戻ると、柳は何かを手に持ち、壁際でたたずんでいた。
「どうかしたのか?」
訝しげに尋ねると、柳は自嘲的な笑みをこぼし、手に持っていたものを俊幸の目前に掲げた。
「あんたがまだこういうの持ってるの、正直意外だったよ」
それは息子が小学校に入学したときの記念に撮った家族写真だった。妻と離婚した後も、俊幸はこの写真は捨てることができないでいた。息子と一緒に撮った唯一の写真。可愛い息子の親権は妻が勝ち取り、離婚してから一度も、その成長した姿を見ることは叶わなかった。
「まさか……」
その事実に思い至った瞬間、俊幸の脳裏にあの日の記憶が残酷に蘇る。柳、と名乗ったこの男の正体は――。
蒼褪めた俊幸の表情を見て気を良くしたのか、柳と名乗る男は口元を吊り上げて言った。
「俺は雪耶」
「……ゆきや」
「旧姓は藤原。六年前、あんたが捨てた息子だよ」
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