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本当に、この男は雪耶なのか。いまの彼から当時の面影は感じられないが、言われてみれば荒んだ雰囲気さえ取り払えば、顔立ちはそうなのかもしれない。
柳、という名を聞いたときに、どうして気づけなかったのだろう。珍しい苗字であると共に、それは別れた妻の苗字でもあった。なぜ、息子が俺の居場所を知っているのか。矢継ぎ早に疑問が湧いてくる。
聞きたいことは山ほどあるが、目の前に立つ息子、雪耶が俊幸に無言の圧力をかけてくる。何よりも雪耶の目的がわからない。俊幸は混乱する脳内をなだめながら、まずひとつ、疑問を口にした。
「どうしてここが……?」
「母さんに頭下げて聞き出した。本当は知られたくなかったようだけど、俺は父さんに会いたかったから」
離婚の原因は俊幸にあった。話を切り出したのは妻のほうだ。あっという間に手続きが済み、息子の親権を奪われたが、俊幸はどうしても雪耶に会いたかった。
無駄だとわかっていても、いま住んでいるアパートの住所を添えた手紙を何通も送った。当然返事はない。年が経つごとに枚数は減ったとはいえ、この不毛なラブレターを俊幸は毎年送り続けていた。
てっきり読まずに捨てられていると思っていたのだが、住所くらいは控えてくれていたらしい。おかげでこうして息子と再会できた。喜ばしい場面とはいえないが。
「忘れたなんて下手なこと言うなよ? 俺にあんなことしといて、そのまま出て行っちゃうなんてさ。わけわかんねぇよ」
「……すまない」
「すまないじゃねえ! なあ、どうして俺を捨てたんだ?」
突然雪耶が怒号を上げ、俊幸の腕を掴み上げた。見た目以上の強い力に怯え、思わず手を引こうとするが、雪耶はさらに力をこめ、俊幸の身体を押し倒した。
「いっ……!」
「弱いな、父さん」
雪耶はそのまま俊幸の上に覆いかぶさり、抵抗しようともがく両手首を片手で掴んで、そのまま頭上で拘束した。
「大人しくしろ」
低く唸るその声に、俊幸はまた既視感を覚える。その正体が何なのか、答えは見上げた先にあった。
「俊幸……」
「……あ……っ、あ、あ……」
その目を、その声を、その呼び方を忘れたはずだったのに、いまになって思い出してしまった。心の奥底に封印していた、実の父親に犯されたという記憶。雪耶の顔は皮肉にも、俊幸の父親にそっくりだったのだ。
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