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「おい、藤巻!」
「はひゃあっ!?」
目を見開くアミコ。
ガタンッ!
座ったまま椅子の上で飛びあがり、机の裏に膝を打ちつける。
机が傾き、滑り落ちそうになる教科書やノート。
アミコはそれらを慌てて抑えた。
しかしその一方で、筆箱がむなしく奈落へ落ちて行った。
「…………」
アミコは筆箱が床で潰れる音を聞いてから、左ななめ上60度に首をひねる。
いわゆるビール腹をこさえた中年男と目が合った。
公民教科を担当する橋野だ。
風船のように膨らんだ腹に、趣味の悪いドット柄のネクタイがはりついている。
そんな橋野の黒縁眼鏡の奥から、無言の圧力が飛ぶ。
苦笑いを浮かべるアミコ。
「ええっと……サーセン」
ペコッと頭をさげる。
周囲からクスクスと忍び笑いが聞こえた。
「“すみません”だろ。寝るのは勝手だが、内申やテストは容赦しないぞ」
きびすを返す橋野。
アミコは“う~”と口をすぼめた。
「いいか、、これお前達。言っておくがこれは決して対岸の火事ではないんだぞ。お前達には危機感というものが足りない。連中がいつ我々の頭上へやって来るか分からんというのに、調子こいてだらだらだらだら。そんなことでこの先の未来を生きていけると思っているのか」
橋野は教壇に向かって縦6列横7列に並べられた机の間を練り歩く。
その顔はとても偉そうだ。
「これは紛争やテロ、自然災害とは違うんだ。本来こうして日常生活が行われていることだっておかしい事態なのに、なぜそれを理解しようとしない。あげく巷では、労せずしてただ終わりを待つべきとのたまう終末論や、人命を賭して核攻撃もいとわずとするトラ3論なんてものがはびこっている。全くどうかしている!」
橋野の“演説”はまだまだ続きそうだった。
こうなっては授業どころではない。
アミコは机の下へ潜りこみ、犠牲となった筆箱を拾いあげる。
幸い、口は開いていなかった。
つまり、ペン1本外に出ていない。
「怒られてやんの。だせえ」
アミコの後ろの席で、声を忍ばせてせせら笑う少女が言った。
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