恋人の約束。

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サーっと、血の気が引いていくのが分かる。 「いつ…ふ、風磨くんが、婚約者?現…当主?つまり…総帥?」 彩人さんへ目を向けると、彩人さんはにっこりと微笑んで頷いた。ついこの間まで高校生だった人間が、子供が、総帥!? 「…漫画か?」 「ふふふっ、透子様はそのツッコミが余程お好きなのですね。」 「黙れ。好きなわけねぇだろ。今日、初めて遣ったよ。」 そして、五ノ井くん…風磨くんに負けず劣らず、私の眉間にもシワが寄る。咄嗟のことで、私の中の非現実を受け入れられなくて、つい口調も荒くなる。すると、 「透子。」 ドキリとした。突然、風磨くんに名前を呼ばれた。それも流れるように。当たり前のように呼び捨てで。 「五ノ井の嫁として、恥になる言動は慎め。」 しかし瞬間、頬に熱が帯びる。それが恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、何にも喩えられない気持ちが沸き起こった。そして私は、腕の中の骨壷を力強く抱くと声を荒げた。 「ふざけないでよ!何が『五ノ井の嫁』だ!勝手に決めるな!私は…。」 言葉を発するたびに、下から上へ上へと溢れてくる涙はもう止まらず、頬を流れてパタパタと落ちていった。 「私は!私が選んだ、私の好きな人と結婚するんだからっ!!」 「透子様っ!」 彩人さんの呼びかけを背に、私は走り出した。走って、扉を開けて、長い長い廊下をひた走った。 普段、走り慣れない足がもつれて。それでも母の遺骨だけは落とさぬようにと、無我夢中で走った。
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