198人が本棚に入れています
本棚に追加
そして右の曲がり角へ入ると、うちのアパートの前に引っ越し業者の車が停まっていた。
あと…何故かすぐ傍に、とてもお高そうな車が並んでいる。
車のことは詳しくないが、傷を一つでもつけようものなら、とんでもない額の慰謝料を請求されそうな…そんな佇まいをしている。
(どこのお家だろ?挨拶…来てないよね?)
右手で無理矢理、涙を拭い、アパートの入り口に足を踏み入れた。その時だ。
「透子(とうこ)様。」
「………。」
(…透子、“さま”?)
背後から声をかけられて振り向くと、そこにはスラリと背の高い、長めの襟足、艶のある黒髪が美しい男性が立っていた。
思わず見惚れてしまうほど、綺麗なお顔立ちをされている…が。格好が妙である。確か、燕尾服?と、言うものだったと思う。西洋の執事が着るものだ。
因みにここは、もう一度言う。東京だ。
(…気のせいだ。うん。)
しかし、首を傾げて踵を返した私は驚愕し、目を見開いた。引っ越し業者さんが出入りしているのは、
「うち!?」
何故だ。叔父が既に、新潟へ来るように手配したのか?こんなにも早く?否、若しくは大家さんか?「家賃払えないんなら出ていけよ。」的な?いやいやいや、そんな急過ぎるでしょ!横暴だよ!
「え?え?ちょっ!ちょっと待って!」
一人の引っ越し業者さんに声をかけようと腕を伸ばした、その時。先ほどの燕尾服の男性が、するりと私の前に入ってきた。
「落ち着いてください、透子様。私(わたくし)がご説明致します。さあ、此方へ。」
男性の手が伸びる先には、先ほど見た高級車。
「………。」
(!、売られる!?)
咄嗟のことに頭がついていかず、思考が莫迦になった。私は、反射的に骨壺を抱いて逃げ去ろうとしたが、足を一歩…たった一歩だ。踏み出した瞬間に、燕尾服の男性に腕を掴まれた。そして、
「申し訳御座いません。失礼致します。」
「え?は!?はああああっ!?」
私は、それはそれは鮮やかに。男性にお姫様抱っこをされて。あっという間に高級車の中へ入れられて…あっという間に、その車は走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!