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五ノ井風磨くん。その顔には見覚えがある。当たり前だ。先日の卒業式まで、同じ高校で学び、同じクラスにいたのだから。
しかし「五ノ井」と言う珍しい苗字にも関わらず、彼の顔が浮かばなかったのには理由(わけ)がある。
五ノ井くんは、何故卒業できたのか?それを思わせるほど、彼は学校に来ていなかった。体育祭も、文化祭も、修学旅行も。行事ごとは全て欠席していた気がする。
「あっ!」
「どうしました?透子様?」
眉間にシワを寄せて首を傾げながら、五ノ井くんを見つめる。そして学生時代を振り返っていた。その時だ、私は思い出した。
五ノ井くんは試験は受けていた。中間と期末試験の度、学年毎に掲示板に貼られる成績上位者十名の中に、三年間常に一位をキープしていた人物がいる。それが…
「五ノ井くんだ…。」
漸く、目の前の人を認識できた気がする。私は彼を知っている。しかし、それだけだ。会話をした記憶は…一度か二度、あっただろうか?
「なんだ、さっきから人の顔をジロジロと。」
すると、これまでジッと私を見つめて口を閉ざしていた五ノ井くんが、その口を開いた。
「………。」
初めて聞いたと言っても過言ではない彼の声。それは、思っていたよりもずっと高くて、子供のような無邪気なものだった。話し方が、そんな感じだ。
さらさらの茶色の髪に、切れ長の瞳。でも…やはりどこか幼さを感じる。初めて真正面からきちんと見た彼の顔は、可愛くて、そして綺麗だと思った。
私は、思い切って一歩前へ足を踏み出してみる。
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