日常

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「そんなこと考えずに気軽に物語を楽しんでいただけるとさいわいなのですがねー。」 いきなりあきらの隣から間延びした声がかかる。 「うっお、黎明さんいきなりなんっすか!つか、いつの間に、隣っ!」 隙をつかれ驚いた様子に、奇襲を仕掛けた本人は満足げに微笑んだ。 「ビックリしすぎー。眼鏡ずれてるよ?」 図書館の司書の立花黎明がいつのまにやら隣に座している。 椅子から立ち上がりつつ、からかうように言葉を踊らせる相手にムッとした心持ちを隠さず、あきらは返答する。 「そりゃ、気配もなく忍び寄られてその上いきなり声かけられて飛び上がるほど驚いたんです!眼鏡ぐらい、ずれますよ!」 あきらは使い古している愛用の黒ぶち眼鏡を直しながら気を取り直す。 嫌味と当てつけしか含まれないその言葉をフフッと含み笑いしつつながし、黎明はひとつも応えた様子なく言葉を続けた。 「いやー、暇潰しですーって雰囲気で本開いてそのまんまの顔で読み進めてくからさ。 どうせ、心理学の休講に踊らされてるひとりなんだろ?」 「ぐっ、言い返す言葉もないですが…」 現在の状況と心中をずばり当てられ、あきらはぐうの音もでない。 「そういう態度で読まれる物語がかわいそうだと思わないかい?」 黎明はすこし怒っているようだった。 彼の自論にあきらの姿勢が反したからだろう。 しっかりと読んで作者の言葉や文字を受け取ってほしいとの黎明の独自の理論をあきらは何回も聞いていたし、それに対して共感ほどはないが、本を愛する姿勢に感嘆していた。 「すいません。」 素直に謝るあきらに黎明は怒りをを解いた。ポンポンと頭を撫でながら続ける。 「どうせなら純粋に物語を楽しんでほしいなって、おもったんだよ。」 そのやさしげな微笑みに、ほろりと言葉がこぼれる。 「ほんとにごめんなさい。」 「うんうん、あきらくんはわかってくれるから嬉しいよ。ほら、もう時間じゃないの?いってきなさい。」 こちらのことを気にかけてくれることも忘れないのも慕うきっかけだった。 「ありがとうございます。いってきますね。」
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